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聖徳太子所縁の由緒ある立派な御寺です。「中の太子」とも呼ばれている古刹で、丹治道(後の竹内街道)沿いに南大門を構え七堂加覧を備えた第寺院でしたが、南北朝時代の兵火で、焼失したそうです。江戸時代になり真言律宗の戒律道場として、本堂、薬師寺、経堂、鐘楼、地蔵堂、僧房などが再建されました。境内の金堂跡など飛鳥時代の創建伽藍の一部が見られ、国の史跡に指定される程に、とても厳かな雰囲気を感じる事が出来ます。境内裏の墓地の中には 「お染め、久松のお墓」が、在ります。御朱印が、とても凛々しく 素敵の一言です。
毎月18日に公開される重要文化財の金銅弥勒菩薩半跏像は製造年が明確になっている仏像としては最古のものだそうです。想像以上に間近に拝見することができ感動しますよ!
山門の前の道(堺羽曳野線)がよく混むので、そこにお寺があるのは知っていましたが、今日初めてお参りさせていただきました。山門を入ると、本堂までの空間が広く感じられます。ろうそくたても線香立てもありません。
別名「中の太子」、聖徳太子ゆかりの古寺です。かつては広大な敷地に多くの伽藍と塔があり、僧侶の学校としても機能していたとか。お庭には亀の頭部と足ひれの模様が刻まれた礎石が残っております。