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2022年7月18日に見学しました。ここで見ていただきたい筆頭は、国見山廃寺跡の調査展示です。郡山官衙とその廃寺や多賀城の廃寺など、朝廷の東北地方支配と官衙に付随する官寺の造営は、セットになっていたと感じます。胆沢城に鎮守府が移された前後に国見山の伽藍が定額寺として造営されたのではないかと思いました。奥州藤原氏の寺院群が造営され始める頃には、既に国見山廃寺となり、ほとんどが消滅していたと考えられています。東北地方への仏教の伝播が、どのように為されたのか、参考になる展示でした。