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現在の岩手県紫波郡矢巾にあった古代の城柵。 この地域には志波城がありましたが、水害を理由に徳丹城が造営されたとのことです。 弘仁3年(812年)の造営で、律令制最後の城柵だそうです。
細い道と 広場の間に木のように見えるコンクリートの丈の低い 杭 が何本も設置されていて 車を擦って大損害だ。 こんな不要なものをなぜ作るのか 全く理解に苦しむ。
2021年8月20日に見学しました。弘仁4年813年に完成し、志波城から政庁の機能を移したと考えられる城柵です。官衙の規模は、そう大きくはありません。平安時代の朝廷が、東北地方に対する政策を転換させたためと思います。朝廷支配を進める最後の官衙となりました。品の字型の伽藍配置になっています。北側は、徳丹小学校のグラウンドに当たります。この城柵が、いつ頃まで機能していたのか興味の尽きないところです。貞観11年869年の陸奥国大地震で倒壊した可能性は有るのか知りたいものです。
徳丹城は城柵ファンにはお馴染みでも、一般のかたにはあんまりイメージしづらい城柵かもしれません。城域が国道に切られているのが残念です…それでも何年か前に比べたら、矢巾町の方々の努力によって少しずつ史跡整備が形になってきています。