全国17万以上の観光・観光地クチコミ検索サイト
木曽三川の治水工事で命を落とした普請奉行平田靱負他関係者の方々の碑です。市民ボランティアの方が解説のためにいらっしゃいましたが、時間がなくて聞けませんでした。お話を伺いたかったなあ。
江戸時代、幕府に木曽川の治水工事を命ぜられた薩摩藩は、莫大な費用と人材を投じてこれに対応。多くの藩士が犠牲になったのだとか。ここにその供養塔があります。外様の雄藩である薩摩藩に対して、幕府はその力を削ごうとさまざまな苦役を押し付けていました。
遥か遠く岐阜、愛知、三重を舞台にした木曽三川治水工事のことを知るにつけ、こういった先人達の犠牲の上に、今の豊かな生活があるのだと感謝の気持ちを抱くと、共にさぞや悔しい思いの中、亡くなられたのだろうなと思いただただ合掌いたしました。
城山から天文館に歩く途中に偶然見つけ、解説を読んで、ここが昔”千本松原”という絵本で読んだ、治水工事で亡くなった大勢の薩摩藩士を祀った記念碑であることを知りました。