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古い大きな家が建ち並ぶ住宅街の中にある、広々とした敷地の神社です。飾り気の無い様子ですが、明るくてとても気持ちのいい場所です。また訪れたいです。
平安時代927年(延長5年)に出された「延喜式」の神名帳(じんみょうちょう)に、河内国若江郡22座の中に記載されていて、室町時代からは市場の神としても崇敬され繁栄してきた神社。江戸時代にはこの辺りの集落が発展するに伴い、土地の神として村人の崇敬を集め、長瀬川右岸堤防に続く広大な神社用地を有していた。延喜式内の古社であるここの神殿は、1874年(明治7年)に新たに造営され、さらに1991年(平成3年)に造替された。境内には合祀された摂社(せっしゃ)・八坂神社、末社(まっしゃ)・常世(とこよ)神社もみられる。摂社・八坂神社本殿は、江戸時代中期の神社建築様式を残しているとして東大阪市有形文化財に指定されている。
主祭神は速秋津日子神、速秋津比売神、社格は式内社、村社、創建は不明、本殿の様式は春日造り、天平宝字6年(762年)には大和川(現在の長瀬川)の洪水で長瀬堤が決壊した事で社殿が流失、河内国若江22座のうち官幣小社として記載が有る、室町時代から市場の神として崇敬され繁栄した、本殿は1991年3月に造替された。