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太平洋戦争時に「ニイタカヤマノボレ1208」を送信した無線送信所があった場所。
環状道路は海軍無線通信所の名残。かつて真珠湾攻撃に際してニイタカヤマノボレ1208が打電された。今は団地、公園、学校、生協などが内包され、さながら一つの有機体の様である。
行田地区の地図を見れば、円形道路が嫌でも目につく。これは旧海軍無線電信所船橋送信所、の跡地だからである。巨大な雨傘のホネのような形のアンテナが張られていたが、1970年代までに撤去された。
昭和46年まで、この場所には旧海軍の無線送信所(船橋無線送信所)がありました。
地図に少しでも関心がある方なら、「おやっ?」と感じる形をしている行田団地のほぼ中心にこの船橋無線塔記念碑があります。
行田地区が円形の道路で囲まれているのは、昔この場所に海軍の無線基地があった名残です。