全国17万以上の観光・観光地クチコミ検索サイト
京極高知(1572/元亀3年~1622/元和8年)の伊那街道整備にはじまる宮田宿は、江戸時代は別名「三州街道」(中山道塩尻宿から分岐し岡崎で東海道に合流する脇街道)に置かれた宿場だ。その本陣「旧新井家住宅」で、1700年代後半から1800年代前半の「母屋」「座敷棟」「門」「土蔵」の建物4棟が、「ふれあい広場」「宮田村文化会館」隣に移築復元されている。伊那街道十六宿の本陣で、唯一当時のままの保存だ。2014(平成26)年から2015(平成27)年には、石置き板葺屋根の改修工事が行われ、外観が整った。雨戸を閉めた内部は薄暗く、当時の生活の有り様が体験できる。
Yamakiyaさんの口コミをみて、訪問しました。内部の展示はまだ、改善の余地がありますが、建物自体の保存状態は良い方だと思いました。奥の座敷や2階へも上がれます。