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平家終焉の地はほとんど国道8号線に面した場所にあると言ってもよいが、案内板がなければまず気付くことはないぐらいひっそりとしている。ここには、この地で斬首された平家の長者・平宗盛とその嫡男・平清宗の胴塚が残されている。京都へ再護送されることとなった親子は、その途中、護送の責任者であった源義経の命によって篠原の地で斬首された。この処刑の際には、宗盛の幼い次男らの男児も斬首となっている。この平家の嫡流の処刑によって正統の血脈が途切れたため、この地が平家一門の終焉の地とされるのである。 この胴塚の真正面には小さな池があり、平宗盛首洗いの池とされている。また処刑がおこなわれて以降、この池に棲む蛙は鳴かなくなったため“蛙鳴かずの池”とも呼ばれるようになったという。