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「新橋」という地名は、この橋に由来しているそうです。でも、川は埋め立てられ、GINZA9になり、上には高速道路。ちょっと、味気ないですね。紹介の案内板があってもいいのにね。
首都高速のすぐ脇に「新橋」の親柱が残されています。当時の首都高速の多くは河川の上に建てられているので、このように高速道路脇に箸の遺構が残っています。
汐留川に宝永7年(1710年)に架けられた橋は「新橋」また「芝口橋」と呼ばれ ましたが、その橋の明治時代の初めにデザインされた親柱が、銀座の入り 口、銀座八丁目の中央通り沿いの首都高の高架下に残されています。
夕方、暗くなって明かりがともる頃が趣があるとのことでしたので、仕事が終わった後、SL広場の汽笛を聞きながら訪れました。周りの雑多なものが暗闇にまぎれ、ほのぼのとした