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全長98mの大形の前方後円墳で表面は石で葺かれている。しかも埋葬者が女性の首長だったことも判明しており近辺で発見された前方後円墳の埋葬者がやはり女性の首長だったことが知られている。五世紀初頭に築造されているのだがこの地域では女性が活躍していたようだ。ただ残念なことに当該古墳は後円部と前方部が括れの部分で断ち切られている。また、前方部も多少削られているようだ。それでもいい形をした古墳である。道には案内もあり、説明もあるから親切だぞ。
この築山古墳は、昔、北海部郡佐賀関町神崎村と言う地名にあり、今は大分市神崎と言う地名僕の祖先は、神嵜の姓名神崎村の昔からの部族である、築山古墳の前方と後方郡と割かれているのは、後ろ側にある村民が畑に農作業の通路に、恐れもなく通っていたものにと推測する、此の部族なら、首を寸断して通過する様な恐れた事はしない、
卑弥呼の墓かもしれないと言われているので行ってみた。場所は大分市本神崎で、鉄道であればJR日豊本線幸崎駅、バスであれば大分バスの築山古墳入口停留所が最寄りである。古墳の一部が神崎八幡神社の境内にあり、毎年10月には石棺に埋葬された被葬者にちなんで「石棺様祭り」というお祭りが開催されている。全長90mの前方後円墳である。海部族の築いた亀塚古墳(大分市里)と向きが並行になるように築かれ、お互いに見えるように設計されており、海部族との強い結びつきが窺える。北棺には女性が単独で埋葬されており、邪馬台国の女王卑弥呼ではないかという説があるが、古墳の築造年代は5世紀初頭とされており年代的には矛盾がある。再調査を望む声も一部ではあるそうで、今後の調査が楽しみな古墳の一つである。
5世紀前半頃に造られたと考えられている全長90mの前方後円墳です。女性の首長を埋葬した、海部(あまべ)を代表する古墳の一つであり、副葬品も県指定有形文化財になっています。