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2019.7.9 職業柄興味があり行ってきました。味のあるデザインで廃墟同然となったのが大変残念です。背後には送電鉄塔も立っているようでしたが引込み鉄構に至ってはビームがひしゃげており凄い荒れようでした。
幌内炭鉱は北海道三笠市(開山当時は幌内村)に存在した炭鉱です。お雇い外国人による指導で、石炭層の発見・採炭から輸送に至るまで機械化が進められた、日本の近代炭鉱の先駆け的存在。明治期の近代化から太平洋戦争後の復興期まで、縁の下で日本を支えた歴史的に重要な炭鉱の一つである。独立系の炭鉱会社も数社が開発を手がけたが、開発の主力を担ったのは北海道炭礦汽船(北炭)であった。北炭の本鉱の立坑は、海面下1,000mを越える日本最大規模となった。1975年に大規模なガス突事故があり13名の犠牲者をだしました。事故後採鉱を再開し、最終的に北炭の生産量は100万トンを越えた。閉山後、多くの遺構が解体処分されました。
大正10年代に建設されたというこの変電所は、風雪に耐え、歴史を感じさせる威容で建っています。鉄道記念館からさらに進むとたどり着きますが、未舗装で道路幅も細くなっています。建物外の変電施設も見応えがありますが、年に何回か内部も公開されています。建物内では計器類や炭鉱関連の品々が保存され、往時を偲ばせます。展示もなされており、訪れた時は「炭鉱の金物店写真店」をやっていました。老朽化が進み、みかさ炭鉱の記憶再生塾が修繕されたそうです。このような遺産を保存し、後世に残そうとしてくださる皆様に感謝します。
かつて使用されていた変電所です。夕張で発電された電気が幌内や幾春別を経由してこの旧幌内変電所が中継地点として使用されていたそうです。駐車場はその向かいにある広いスペースにあり、駐車場マークもあります(スプレーがいたずらで塗布されていますが)街灯などは周囲になかったので、夕方以降は行かない方が良いでしょう。破壊行為禁止の札があるくらいで、変電所の周囲を探索することができます。変電所内は普段は鍵がかかって入れませんが、探索ツアーなどが開催されると入ることができる時があるそうです。