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国家主導で団員が全国から募集され義勇軍の名が付くので軍事施設と勘違いされますが開拓民の訓練施設です。自衛のため小銃数丁を持ち軍隊式の規律を旨としたので武装開拓団とされますが、中国東北部で純粋に農業で自立を目指した15,6才の青少年がグループで生きていく術を教えていました。GHQも軍事に関わっていない農業の訓練施設・組織として認めてます。
義勇軍の資料が沢山展示されていました。父が戦時中義勇軍で満州に行ったので、感慨無量でした。当時の写真もあり、また、外には寝泊まりしていた所も復元されていて、中にも入れました。内原には義勇軍関連のものが残っています。
4月 7日の 投稿 6日に 内原郷土史 義勇軍 資料館 見学に行きました 3月にも お伺いしたのですが今回は 桜が満開の時期ですので 渡 満 道路と 桜並木 旧 日輪舎 記念館 も桜が 満開ですので 撮影した写真を投稿します 桜は散り始めてるものもありますのでご覧になる方は早めに行かれるといいと思います
満州に渡った青少年義勇軍の訓練所が水戸市内原町あると知って訪れてみました。資料館の外庭には復元された実際の訓練施設、日輪舎がありました。なぜ自分が義勇軍に興味があるのかと言えば私の叔父が義勇軍の一員としてソ連軍と戦ったからです。終戦後も2年間満州の大地を彷徨った後に何とか復員できましたが叔父は生前、満州での出来事に関しては何も語りませんでしたので一体どうやって戻ったのか全く不明です。自分にとってはここで青少年義勇軍の訓練が行われた当時の様子を確認できただけでも収穫でした。