全国17万以上の観光・観光地クチコミ検索サイト
江戸時代から昭和10年までの270年間ここに青物市場があったそうです。東京近郊から多くの大根が集まったことから大根河岸と呼ばれていたようです。
江戸時代に水運の便がよかった当所が、青果市場であったという記念石碑。オープン当初、あまりにものすごい量の大根が集まったことから、大根河岸と呼ばれるようになったという説明が書かれてあり、おもしろい。
1664年(寛文4年)に京橋川の水運を利用して、京橋の北詰西側に野菜の売り場が設けられました。この青物市場には大根の入荷が多かったため、「京橋大根河岸市場」と呼ばれ、明治になってからは「京橋青物食物河岸」と呼ばれました。明治の終わりには規模が広がり、青物・菓物のほか、魚類・乾物も扱うようになりました。